奇跡の歌声残していた!?死去3日前壮絶レコーディング!!島倉千代子さん 歌声は永遠に

島倉さんが来年の歌手生活60周年に向け準備していた新曲「からたちの小径」(作詞・喜多條忠)。
作曲を担当した、南こうせつさん(64)がその壮絶なレコーディングの詳細を明かしました。

 

島倉千代子「奇跡の歌声」は死去3日前に新曲録音

ライブで熱唱する南こうせつを見つめる島倉千代子さん(今年5月11日)
島倉さん お墓準備していた

simaku_r07生前に都内の墓地に建てていた島倉千代子さんの墓。
正面には大きく「こころ」と刻まれています。

墓石の正面には大きく「こころ」と書かれ、その横に戒名が彫られました。
シングルだけでも300作、のべ1600曲以上を録音、愛唱した島倉さんらしいですね。
「歌」「愛」の文字が入っています。

石川さゆり「叱ってくれた」島倉さんの訃報に涙「寂しい」

デビュー時のレコード会社の後輩で「妹のように可愛がってくれました。
まだ子供の私に、“ダメよ、ちゃんとお化粧しなさい”“稽古しなさい”って叱ってくれた。

叱っていただく方がいなくなってしまうのが寂しい」と目を潤ませた。

 

◆87年にはデュエット曲「浪花姉妹」で共演。

当時を振り返り「“仕事を大切に、一生懸命やるんだよ”と教えてくださった。

私も後輩に伝えることができるように頑張りたい」と天に誓った。

◆私生活は波瀾万丈 離婚に借金、姉の自殺、ヌード… 

紅白歌合戦に史上初の30年連続出場をするなど順調だった歌手活動とは一転、私生活は波瀾(はらん)万丈だった。

 63年にプロ野球・阪神のスター選手だった藤本勝巳と周囲の反対を押し切って結婚したものの、5年後に離婚。

家族の元に帰っても追い返され、自分の戸籍をつくった。
70年代には知人の手形の裏書をしたのがもとで総額で10億円を超える借金を背負った。

人柄の良さで知人やマネジャー、自分が知らない人までの保証人になっていたからだ。

 

 

◆ひばりさんから「実印は貸すな」とクギを刺されたのは有名な話。

当時、後見人となったのが細木数子さん。しかし、その後は確執があったともいわれている。

借金は数年後に完済したが、07年に知人に資産を持ち逃げされ、再び多額の借金を抱えてしまう。

88年に実姉が自殺。93年には乳がんを患い、放射線治療の影響で声が出なくなったこともあった。

実に波乱万丈な人生。
まさに”人生いろいろ”です。

その後時間はかかりましたが借金は全額きちんと返済されています。
当時は演歌も下火、営業も相当きつかったと思いますよ。

たいしたものです。芸能界で後輩から慕われる理由がよくわかりますよね。

 

◆そして、63歳でヌード写真集を出したことも。

苦労をするたび、歌を歌い、歌に励まされ、歌で人を元気にした島倉さんだった。

 ♪人生いろいろ

◆コロッケ涙「観音様のような人」

 

忘れられないのは、島倉さんのヒット曲「人生いろいろ」を本人の前で初めてものまねした時のこと。

遠慮しながら演じたコロッケに、島倉さんは「もっと首を振っていいからね!」と声を掛けたそうで、「本当に優しくて…」と振り返った。

「“皆さんに喜んでいただけるようにやるのよ!”と言ってくださっていた。

すぐには(ものまねは)できないけれど、またやらせていただきます!」と話した。

 新曲リリースについて

南がマスコミ各社に送ったファクスによれば、同曲は1年前、本人から直接頼まれた。

今年5月に制作途中のメロディーを聴いた島倉さんは非常に気に入り、感激のあまり「この歌は絶対にお蔵入りさせたくないから、よろしくお願いします」と、
涙を流して念を押されたという。

なお、コロムビアによれば、同曲の収録に立ち会っておらず、発売などについては今後、検討していくという。

 


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